2014年6月10日火曜日

縦書為替印‐月型 その2

昨日に続いて月型です。
人間ドックで飲んだバリウムの後始末も終わり、すっきりしたところで続けます。
絶食状態で飲むと、バリウムもおいしいと思ってしまいます。

月型の2リーフ目は、手に入ったバリエーションを並べました。

1段目は成田局。「丗一」年がやけに大きく、この後どうなるかと思っていると印顆が更新されてしまいました。

2段目はエラー印。
結城局は少しわかりにくいのですが、紛れもなく年数字の逆植。昨年末にヤフオクで入手。おそらく(出品者のken_baker2001さんも含めて)どなたもお気づきではなかったと思われます。

気になるのは、この時代、年活字はそのままにして日活字だけ更植したのか、それとも毎日年月日の活字全部を一旦バラして入れ替えたのか ― 。
どなたか、明治33. 6. 25 に隣接する日付をお持ちの方がおられれば年数字がどうなっているか是非ともお教えいただけませんでしょうか。

その隣は有名な金沢の郵便電便局。いろいろなデータを見ていると明治30年の間に印顆が更新されたようです。

こんな印章を交付されて、その腹いせかと思われる質疑が金沢局から郵務局宛に発せられています。大変興味深いので、リーフの図の後に逓信公報令達類篇のコピーを入れました。

次の紗那、和泊はともかくとして八重山島は郵電合併の前の日付で、しかも半欠け。無理がありますなぁ。

最下段は良く知られた巨大な文字で局種を彫りこんだもの。伊佐局はひょっとしたら違うかも知れません。賑やかしです。


【自己評】 郵便局も郵便電信局も一緒やし ― と意気込んで拵えたにしては竜頭蛇尾風のリーフになってしまいました。
大型⇒年型⇒月型の変遷は先のリーフで並べてしまいましたので、何か変わったものを入れなければという焦りばかりが先行した感があります。

金沢局の腹いせ文書

 
 

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