2014年7月8日火曜日

縦書為替印‐大坂市内の為替取扱所

昨日に続いて市内取扱所全揃いシリーズ―大坂の巻です。

大坂市内の為替取扱所は全部で6箇所。(移転・改称をダブルカウントしない場合です。)
うち、5箇所が制度発足当初からの設立です。

制度と書きましたが、郵便及電信局官制下ではそのような規定がないため、厳密には為替取扱所は「制度」ではないと言わざるを得ません。
単に「為替を取り扱っている所」という事実行為です。

大坂のリーフも、為替取扱所から始まって郵便受取所年型⇒郵便受取所月型ときれいに揃いそうなので、郵便電信局振分型と同様にマトリックス風に並べてみました。

ただ、瓦町と靭は月型を見たことがありません。

為替取扱所としての寿命は半年ほどしかなかった天神橋筋もあまりお目に掛かりません。
天滿市塲(郵便受取所/郵便電信受取所)の方がさらに少ないかも。

持っていない切手は、滅多に現れない少ないものということにします。

長堀は、堀江⇒阿彌陀池と二度改称します。
高校生のころ聞いた上方落語を今でも覚えています。

米朝師匠が若かりし頃 ―故小松左京さんとお二人でKBSラジオのディスクジョッキーなどやったはったころです― にやらはった演目「阿弥陀ヶ池」です。

和光寺の庵主さん、入ってきた強盗に「わが夫は過ぐる日露の戦いで…」と諭す場面、オチが「誰に唆された?」「阿弥陀が行けと言いました」。

故枝雀師匠がやらはったのも面白いですが、俗に阿弥陀ヶ池のお寺と言われていた和光寺、このネタができる十年ほど前から既に有名だったのでしょうか。

余計な話は止めて、リーフです。


【自己評】 これも、あと2枚は揃えないと表に出せないですな。50点。

2014年7月7日月曜日

縦書為替印‐京都市内の為替取扱所

今週は、梅雨の終いの曇り空が続くようです。週の後半には雨を満載した台風8号まで来てくれるとか。

雨が降るとワンコの散歩が面倒なのですが、この程度の心配なら天下泰平としなければいけないでしょう。
まだ暫くは戦争の心配はしなくても…。

さて、東京市内為替取扱所のリーフが無事に終わって、今日は京都市内です。

京都市内の為替取扱所は3か所だけです。
先日書きました丸太町(まるたまち)、六條そして四條繩手です。

丸太町は明治34年に寺町丸太町と改称。月II KC 型(厳密には月II K バランス型)の「山城京都/郵便受取所/寺町丸太町」を見たことがあります。

リーフではそのための指定席を空けていますが、欲しいときには無いものです。

六条為替取扱所は、もとは「卜味金佛町」という名の郵便分局だったそうです。
今の六条郵便局と同じ位置だったのかどうか。
その後卜味金佛町(ぼくみかなぶつちょう)から油小路魚棚(あぶらのこうじうおのたな)に改称していますので多分現在位置より西側と思われます。

そして、油小路を200メートルほど下がれば(=南に行くことを京都ではこう言います)老舗フジスタンプさんの本店です。

高校生の頃、毎月通いました。店主の渡辺さん、今は鬼籍に入ったはりますが私には怖い感じの人でした。

二、三年前に大阪のフジスタンプさんを訪ねましたが、息子さん(多分お兄さんの方)が当時のお父さんにそっくりでした。

これの月型は見たことがありません。どなたかお持ちであれば是非ヤフオクに御出品を。

最後の四條繩手(現祇園郵便局と同じ場所と思います)は、誠に結構な場所です。
局の南側を走る四条通。100メートルほど西へ行くと先斗町、東へ行くと北側が祇園東、南側が祇園甲部。

今のこの界隈の四条通は観光客相手のお店が軒を連ねてます。食べるもんも身の回り品もホンマにええもんは期待しやはらへん方がよろしおす。

 ― 以前に祇園町郵便電信取扱所がpostalhistorianさんのヤフオク出品からと書いたと思いますが、よく調べると違いました。(ゴメンナサイ)
eBayの出品物でした。古いリーフに菊の20銭が2枚重ねて貼ってあって見え隠れしている下の方の切手に祇園町の文字を発見。£3.45落札 ―

リーフです。


【自己評】 集め始めのころは、丸太町の三種揃いだけで感激していました。
今見ると勘どころがほぼ全滅。四條繩手の月型もこの世にあるのかどうか。まだまだ修行が…。

2014年7月5日土曜日

縦書為替印‐東京市内の為替取扱所(2)

さて今日は東京市内為替取扱所の2リーフ目です。
そして東京は今日で終いです。

1リーフ目の勢いで15箇所(所名ベースのカウント)ある東京市内の為替取扱所の消印変化
を全部展開すると2リーフでは収まりません。

完集できるほどの年季は入っていませんので2リーフ目で終いです。

また、十分な知識も有りません。神田淡路町郵便受取所に月型があるのかどうか。
どなたか御教示いただけると大変にうれしいのですが…。

そして、ことによると為替取扱所より郵便受取所の年型の方が少ないものもあるかもしれません。

浅いながらも経験からは、所によって為替取扱所・郵便受取所年型・郵便受取所月型のどれが少ないかまちまちかも ― という気がしてきました。

ということで、並べられるものは全部並べてこの程度です。竜頭蛇尾です。







【自己評】 リーフに貼ってある以外にも、郵便受取所の月型だけとか年型だけとか、手元に単体でばらばらと残っていますが売り払うわけにもゆかず、さりとてリーフに貼るには材料不足。
いかにとやせん、この思い。― と悩み続けています。
やはり為替取扱所は難しい…。


2014年7月4日金曜日

縦書為替印‐東京市内の為替取扱所(1)

昨日の投稿で御覧いただきましたとおり、東京市内の為替取扱件数は日本一です。

振出件数に比べて払渡件数が大きいことにお気づきいただけましたでしょうか。

東京監督区(東京と埼玉)は、とんでもない輸出超過=貿易黒字国でした。
忙しさを表すための統計ですので金額を書いていませんが、
明治22年度の為替振出金額は1,016,910
         為替払渡金額は3,131,233
です。
トリプルスコアです。

振り出された為替の主な送り主は関八州とその近傍の一次問屋、東京で換金された為替の送り主は全国(とりわけ上方)の二次、三次問屋と想像できます。

この明治23年度でこそ1,000余りの取扱局しかありませんでしたが、それでも銀行に比べればユニバーサルサービスとしてダントツでした。

手元に明治28年度の銀行の資料があります。(銀行総覧 明治28630日現在)

全国で950行 支店・営業所・出張所等の総数502店舗   計1,452店舗   です。
為替を取り扱かう郵便局所数は、同年度末で            2,495局所   です。

銀行は今でいう地方銀行が多く、本店一店舗だけの営業も少なからず ― との次第でした。
中には、この翌年合名会社茂木商店(=後の松坂屋)とともにその金融部門を独立させて設立された茂木銀行のような銀行もかなりあったと思われます。

「花の東京の為替取扱所」でした。

それでも局に比べて消長は激しく、移転や改称、閉鎖・再開を繰り返しています。
今のコンビニみたいなもんですな。

リーフです。
移転改称など、可能な限りその消長を記録し、併せて所名表示のタイプ違いを時代順に並べるようにしています。
 
【自己評】 縦書きを集め始めたころは教科書に載っている沢山の表示バリエーションを見て、「こんなにたくさん集められるのだろうか」と心細い思いでした。

一枚、また一枚と集まって行くうちに急に勢いづいてイッキに沢山入手できたリと山あり谷あり、
え~ィめんどくせェー まとめてやっちめェ ―!
あえてリーフにブランクを拵えることで、最難関にも挑戦してやろうという思いが湧いてきました。

郵便電信受取所が難しいのは先刻承知。やれるとこまでやってみようと思っています。

2014年7月3日木曜日

縦書為替印‐為替取扱所 概説

今日は、梅雨の終い近くの雨です。

昨日で支局もさらけ出し終わって、いよいよ為替取扱所・郵便受取所の部となります。

昨日までの感想ですが、心に悶々と抱えていたものがすっきりしました。
こんな未完のリーフでも、公開してみると何故か気が晴れます。

切手展でかしこまって一分の隙なくリーフを拵えて展示し、謹んで拝見してというルール以外の方法も 「ありじゃん」 - という感想です。

御覧いただく方(そんなに大勢様とは考えていませんが…)には雑なリーフ作りでやや御迷惑かもしれませんが、誤りや欠点は大いに突っ込んでいただいて私の今後の肥やしにしようとする試みですので、盛大にコメントをいただけますと大変にありがたいです。

さて、為替取扱所のことですが、こんなルール外の機関を拵えなければならないほどの焦眉の課題だったのか疑問でした。
逓信省年報には「局や支局だけでは処理しきれないので」為替取扱所の設置は名案だった―みたいなことが誇らしげに書かれています。

数字を見てみると、為替取扱所設置の前年度=明治22年度は東京監督区の44局・支局で732千件の為替の受払を扱ったとしています。


さて、1時間当たり何件扱ったのか計算してみました。
パソコンのハードコピーそのままの画像ですが、御覧ください。


明治22年度のカレンダーを拵えて局・支局の為替の毎日の営業時刻と時間数とを算出しています。

御存じのとおり、明治22919日に為替窓口の営業時刻が定められています。
その日以前については「夏季営業時間」の定めはあったようですが、詳細不明です。
少なくとも営業の実態については、公達と同じであると仮定して計算しました。

答えは、1,715時間です。
すると東京監督区内の局・支局の平均は、1時間当たり9.7件となります。
全国平均は、1時間当たり2.2件です。

これは平均ですので、これより忙しい支局も暇な支局もあったはずです。
忙しい支局は、10分当たり複数人の来客 ― 「行列のできる」為替窓口だったと想像できます。
時間外営業も相当あったはずです。

しかし、金沢の片町でも本当に必要だったのでしょうか。
後日御覧いただく片町の消印は磨滅していません。丁寧に扱うだけの余裕時間があったのではと思いたくなります。
私が現役のときに「中央(=政府)は東京しか見ていない」という声を先輩から聞かされたことがあります。

東京市内支局の毎日の悲鳴を聞いて迅速に対策をとったのはとても良いこととは思いますが、地方都市も同じと考えたのでしょうか。

こういう新たな仕事を計画するときは、普通各監督区の一等郵便電信局に通知を出して、為替取扱所設置の候補を内申させます。
「お前の内申どおりしてやったから、責任は取れよ」みたいな決め方です。

いわゆるボトムアップではありますが、地方によっては、
「せっかく言ってきたのだから、特に必要とは思わんが中央の機嫌を損なわんように一つ二つは内申しておくか」
的な捉え方をするところもあります。(平成の今でもあります ― 地方なんてそんなもんです)

まあ、必ずしもこんな風ではなかったかも知れません。
また、ことほど左様に常に悪意に解する必要もないと思います。
しかし、ときにはこのようなこともあり得たし、あったはずと考えた方がよく理解できるのが中央の木端役人の考える「政策」というものです。

今日は、愚痴だけでご勘弁ください。
明日から、東京市内の為替取扱所を御覧いただきます。


こんなシチメンドクセェ難しい話はともかく、15日が「新年宴会」という祝日になっているのは、とてもとても気に入りました。

祝日序でに、再来年から設置される「山の日」 ― 私の誕生日祝いで二日酔いになった時のために設けていただいたのでしょうか。

毎日が祝日と日曜ですよって、お気づかい御無用でっせ。

2014年7月2日水曜日

縦書為替印‐長﨑市内の支局

支局シリーズも今日が最終です。

長﨑の支局も一つだけです。本博多(町)。
明治343月に郵便電信支局になるまでは「本博多町」、郵便電信支局以降は「本博多」を称したようです。

明治28年に出現する「肥前長崎/郵便電信支局/本博多町」と書かれた郵便支局の印は未集です。(欲しくて欲しくてたまらないのですが…)

明治291月に、一旦支局から郵便受取所に降格されます。
受取所といえど何度も印顆を更新したようで、手元には半欠けを含めて3種あります。
出現の順序はこれで正しいのでしょうか。

名古屋の赤塚支局と熊本の坪井支局も完敗。
くやしいので、せめて支局に昇格する前の為替取扱所や郵便受取所だけでも ― と思っても、これもままならず。

リーフです。


【自己評】 喜寿を迎えるまで、あと5年以上あります。
それまでに何とか全支局完集したいものです。できればそのタイプ違いも…。

2014年7月1日火曜日

縦書為替印‐横濵市内の支局   村々村?

早いもので、明日は半夏生です。
間もなく支局シリーズも終わります。

今日の横浜支局はチト手ごわい相手です。
中々思うように集まってくれません。

梅ヶ枝と神奈川だけですが、

①梅ヶ枝支局は3回の移転改称で、吉田⇒福富⇒長者町と名前を変えます。
それぞれの名前で難関が待っています。
収集率は 3/7 です。

たった一つラッキーだったのは梅ヶ枝の大型印。
ほぼ2年前にハンガリーのbutterfly-stampさんとおっしゃる方eBayに出してくれた使用済みロットにありました。
「お、郵便支局!大型印か― どこの局や? ン? 村々村… なんじゃこりゃ?」
数秒間、どこの局か分かりませんでした。
値は飛ばず、$34.56

「八王子通信」という資料によると、3点しか見つかっていないとか―。
http://fumisan822.exblog.jp/8799350/



②神奈川支局も明治34年に支局になりましたので、消印の残存数は少ないです。
しかも月II K/H 型という変化球。
アメリカはleungklanさんのeBay出品ロットからです。
さすがにここまで見た方はおられなかったのか、それとも跨いで行かれたのか$7.77でした。
他の方が一瞥で終わっても、私には大事な宝物です。

リーフです。


【自己評】 吉田支局の月型も見たことがありません。支抜けはなおさら。加えて長者町も。
この辺りは、やはりめぐり逢いに年月が要るんでしょうか。