2015年9月12日土曜日

丸二型日付印 ‐ 大阪 博覽會郵便電信支局/博覽會郵便局 (2)

やはり何の準備も無くリーフを白紙から作り上げるというのは骨が折れます。

二通のエンタを 1 リーフにまとめようとしましたが見事に失敗。
結局一通づつ貼って 2 リーフになってしまいました。

そのような次第ですので、本日は 2 リーフを一度に御覧いただきます。
まずは、ノーマルに且つスタディーリーフ風に拵えたものからです。

幸いにも封書の宛先が大阪市内ですので、封筒の裏に薄いながらも大阪中央局の着印が押されています。

本町通の一本北側が安土町(旧東區 北船塲とも呼ばれる地域)です。配達局は船塲局か高麗橋局の所管と思うのですが、消印は中央としか読めません。

無理すれば船塲と読めなくはありませんが、船塲局には「后8 .30」は未見です。
不思議に思いながらも、そういう消印やししゃーないか ― とリーフを作りました。

 
 博覽會局は既知データが少ないので、多少なりとも熱心な方々のお役にたてればと両局の伝送便の対応―いわゆる「結束」で想定されるものを書き込みました。

単に珍しい局のエンタをリーフに貼って喜んでいるだけとちゃうで…というアピールでもあります。
実際、 博覽會局の時刻はこのリーフに書き込んだだけしか判明していないようです。


次は、世に言う「コルヴィザール=エンタ」です。




































































しかし、ちょっとおかしい。コルヴィザールの字はこんな丸文字と違うぞ ―と思われた方は正解です。

リーフにコピーだけを貼ったモノクロの方が、男爵御自身の金釘流です。
このエンタは、男爵の御令嬢 Solange Corvisart さんの自筆です。

男爵は奥さんと一緒に来日されたことは知られていますが、お嬢ちゃんも連れてきたはったんですな。

昨年の春から五月雨式にコルヴィザールカバーがDelcampeで大量に売り立てられました。
私も何通かは入手しましたが、売られた全てのカバーは同一人物宛です。

以前に郵便電信取扱所(中宮祠・温泉)を取り上げたときに御紹介したラピニエール領主さん宛です。
http://kitte-renshucho.blogspot.jp/2014/07/1_25.html

いかに男爵が手紙マニア(切手マニア)でも度の過ぎる通数です。
売られた手紙の中に、一通だけこんなものがありました。






























私が落札したものではなく、Delcampeからの無断借用です。
落札された日本の方にもお詫びを申し上げます。すみません。

このカバーの筆跡も先述のお嬢ちゃんです。
(裏は、例の「男爵/古る宇゙ゐざる」の角印です。)

宛先の住所は他と一緒ですが、このカバーだけが Monsieur Didier Corvisart という人に宛てられています。
この名前の人は、コルヴィザール家の開祖のはずです。

でもナポレオン I 以前の人ですので、その人ではありえません。
もしかすると、故郷に残した男爵の御令息ではと思っています。しかもこんな名前を付けるくらいですので、跡取り息子さんでしょう。

この領主さん宛の手紙は、ほとんどが書留です。
養育費を送っていたのかも知れません。

今日御覧いただいた絵葉書のお陰で、コルヴィザール男爵の令嬢の名前が判りました。

また、数ある男爵のカバーの中で丸文字を見つけたら、それは秘書代わりの仕事をさせられていたソランジュ=コルヴィザールちゃんの代筆だということも。

【自己評価】エンタのリーフは、何を書き込もうかいろいろと迷います。
そのために、丸二のリーフ全体をながめたときに不都合な不統一感が出てしまいます。

そこは「練習帖」ですので御容赦を。いろいろとやっていく内に「これや!」というレイアウトの決定版ができればよいのですが…。

余談ながら、目ざとい方はお気づきでしょう。リーフにモノクロで印刷した横浜の丸二の絵葉書、着印はあの「中宮祠郵便電信取扱所」です。

また横浜の丸二のリーフで実物を御覧いただきますので、今回はこの辺で。
次回は、大阪の市内局の続きの予定です。

0 件のコメント:

コメントを投稿