2015年5月8日金曜日

丸二型日付印 ‐ 東京郵便電信局/東京中央郵便局/東京郵便局 (3)

本日御覧いただくリーフから、ようやく本題に入ります。
東京局は、一部の支局に見られる「市名削り変種」を除くと、丸二型日付印の全てのヴァリエーションが見られます。

もちろん東京局にしか見られない変種も。

それゆえに厄介至極、面倒究極 ― 自ずから理屈っぽいリーフになってしまいます。
もちろんこのブログも文字の羅列ばかり。
それでも必要と思えばこそですので、どうぞご勘弁を。

実は先述の本池さんの教科書には明確には書かれていないことがあります。
印顆の直径です。

1995年の「駅逓」から関連部分を拾ってみます。

2種類の印顆があることについての記述)
「リングは前期のものは細く、後期のものは太めの印顆が残っている。」
(同時に示されている画像は、前期:分数  後期:小数)

3P型の出現)
341122日に改正の公達が出されたことを契機に、3個の活字で年月日を表示できるようなタイプが出現している。
使用例を調査してみるとこの新活字は3511日を表示した年賀郵便に使用したのが初めらしい。」

(水牛製の出現)
「年月日の活字が鋳造製とは異なる印影のものが残っている。[中略] この活字を使ったものは直径24ミリで、リングは1.6ミリと他のものより0.6ミリほど太い。」

1983年のフィラテリスト誌での本池さんの記述は、
「鉛合金製の印の直径は約22ミリ,リングの太さは1ミリ程度だが,後から使われるようになった水牛製の方は,直径約24ミリ,リングの太さ1.6ミリ程度と,多少大きくなっている。」

となっています。

「前期」・「後期」が何を指すのか、区分時期はいつなのか記述が洩れてしまっています。
私なりに印影で実測してみました。
その実測結果を印顆の種類区分としてリーフに書き込んでいます。

印顆の大きさについても、本池さんご自身はおそらく御存じなのでしょう。ただ、丸二の全貌を記述するという大変な仕事の中で紹介が洩れてしまったに過ぎないものと思われます。

私なりの結論を申します。

〇 最初に作成された印顆(業界の用語では「印軸」)は、外径7.6分 外枠幅0.3
   曲尺ですので、7.623.03mm  0.30.91mm
   となります。

〇 35年1月1日から出現した(主に小数表示)新型印顆は、外径8.0分 外枠幅0.5
   8.024.24mm  0.51.52mm
   です。 

〇 水牛製は、新型の印顆の大きさに合わせて作られた。

このように考えると、ほぼ本池論文と数値が似通ってきます。
大切なのは、内径です。旧型と新型とで互換性を保つために、内径は統一されていたはずです。

実際、新型の印軸に旧型の分数表示や、8駒の年月日表示を使用した例は沢山見かけます。

したがって、上記を換言すれば、新型も旧型もともに内径は7.0分=21.21mmということになります。

最後に、フィラテリスト誌での旧型の数値 「鉛合金製の印の直径は約22ミリ」 についてですが、
私の実測と1mmもの差があります。

この印影を御覧いただきます。















兩國支局ですが、枠幅は計測できないほどです。
仕上げの研磨を行う際、外向きにわずかなテーパーがかかってしまったのではないでしょうか。

さらに使用しているうちに磨滅でテーパーが強調され細くなった ― と考えるのが妥当と思っています。
それでも内径は、7.0分を保っていそうです。

よく似た例は沢山ありますが、私自身は外径で「23mm以下」と「24mm前後」とに分けています。

「お前の話一応わかったにしても、分類することにどんな意味があるのかね」とお考えの方もおいでになると思います。

ひとつは、既に田沢では印面の0.5mmの差で分類が確立していることを思い出していただきたい。
目が慣れてくれば、この印影の差も、物差を使わなくても区分できます。

もうひとつは、東京本局よりもむしろ東京支局での顕著な特徴です。
先に述べましたように新型の大きい印顆は明治351月から使用され、当然同時に小数表示が開始されています。
しかし、支局では35年の初めには旧型の小さい印顆に数表示が現れます。 

推測ですが支局については、当初は文字駒だけを交付したのではないでしょうか。
年末年始と言えば、そろそろ会計年度の締めの時期です。年度末の予算執行の最終整理を睨みながら乏しい予算を執行していかなければならない時期です。

そして年度末に執行見込み額が確定すると、印軸も交付する ― ありそうなことです。
これは、支局にリーフで詳細に御覧いただきます。

本池さんほどの御方に盾突くつもりなど毛頭ありませんが、印顆に使用された活字の呼び方について一言。

本池さんは、年月日を表示する活字について、最初のタイプを8本の活字を使用していることから「8P(ポイント)型」と、明治35年からの3本の活字を使用するタイプを「3P(ポイント)型」と命名されておられます。

現在では"ポイント"は、活字の大きさの呼称ですので、私のリーフでは、当時の遞信省が公達などに使用した「駒」という用語をそのまま流用しています。

あしからず御了承いただきますようお願いします。

それでは、やっとリーフです。





























































【自己評】時刻空欄の初期のものがなかなか見当たりません。
      或いは、当初は為替・貯金事務にはほとんど使用されなかったのかも。


------------------------------------------------------------------------------------------------------------
2015/9/3 追記

とんでもない思い込みをしていたということが判明しました。
「東京中央」局の時代からは全て8分環が使用されているような書き方になっています。

画像を見ただけで判別できる方は相当のスペシャリストと存じますが、リーフにお示ししたとおり「東京中央」の時代は8分環は未見です。

無いと断言はできませんが、多分無いでしょう。
そして、通信官署官制改正後に初めて8分環が出現しますが、7.6分環との混用です。

以上、お詫び旁々訂正します。
------------------------------------------------------------------------------------------------------------


0 件のコメント:

コメントを投稿